「毎月の採用や労務対応に追われて、気づけば1日が終わっている」。人事部からこの手の話を聞かない月はありません。変化の激しい時代を会社が生き抜いていくため、人事部に求められている本来の役割は、労務や採用の手続きを回すことではなく、会社の成長戦略と人・組織をつなぐことです。しかし実際の人事部はどうでしょう。現場の手作業やオペレーションに追われ、経営陣が期待する戦略的な役割まで手が回っていない会社がほとんどです。さらに、過去の制度改定の経緯を知るベテランが退職し、ノウハウごと失われるケースも珍しくありません。本記事では、日常の管理業務から脱却し、人事部が本来果たすべき役割を提示しながら、「管理部門」から「成長のパートナー」へと役割をシフトさせていくための現実的なステップをお伝えします。1.データで見る人事部の現状と抱える限界多くの企業で「人事部を変革したい」「経営に貢献する組織にしたい」という声が上がっています。しかし、現場の実態を紐解くと、理想とはほど遠い現実が浮き彫りになります。人事担当者が「やりたくない」のではなく、「どうしても手が回らない」という限界の正体を、2つの課題から見ていきましょう。【課題①】仕事の肥大化によるリソースの限界人事部が日常的に抱えている業務量は、年々増加の一途をたどっています。労務行政研究所をはじめとする人事・労務分野の実態調査でも、人事担当者が日常的に多くの時間を奪われている業務の上位には、常に「採用活動」と「日常的な労務管理・手続き」が挙げられています。具体的には、以下のようなミスが許されない手続き業務が日々現場を圧迫しています。毎月の給与計算・賞与計算36協定の管理・勤怠管理や残業時間のチェック社会保険・労働保険の各種手続き、入退社に伴う大量の書類作成とデータ入力健康診断の手配・ストレスチェック・休職対応これらの管理業務は、止めることができない企業の重要インフラです。そのため、担当者はミスを出さないよう細心の注意を払いながら作業を回すだけで1日を使い果たしてしまいます。結果として、本来なら時間を割くべき中長期の制度見直しや組織開発、次世代リーダーの育成といった仕事に、手が回らなくなっている。これが、多くの現場で実際に起きていることです。【課題②】経営層と現場における役割認識のズレもう一つの大きな壁が、経営層と人事現場との間にある期待の認識のズレです。経済産業省が公表した「人材版伊藤レポート」などを筆頭に、近年は経営戦略と連動した人材戦略(人的資本経営)の重要性が強く叫ばれています。多くの経営陣が「もっと経営のパートナーとして事業成長に資する提案をしてほしい」と人事部に期待を寄せています。しかし、人事部から見れば、日常の膨大な業務を回すだけで手一杯であり、新しい施策を企画する物理的な時間も精神的な余裕もありません。経営層は「なぜ人事は新しい提案をしてこないのか」と感じ、現場は「これ以上何かを増やす余裕なんてない」と思っている。同じ会社の中で、こうしたすれ違いが起きているケースは少なくありません。この認識の違いを解消しないまま「役割を果たせ」と現場に圧をかけても、疲弊が進むだけで何も変わりません。人事部が本来の役割を発揮するためには、まずこの日常業務で埋め尽くされた現場の環境そのものを根本から見直す必要があります。2.これからの時代に求められる人事部本来の役割とは多くの現場では、日々の業務に埋もれ、本来注力すべき領域が見えなくなっています。まずは人事の役割を4つの領域に整理した上で、なぜ現状のままでは組織が立ち行かなくなるのか、そして目指すべき役割のシフトについて解説します。人事部が担う4つの基本領域そもそも人事の仕事は、大きく「採用」「労務」「評価」「育成」の4つの領域に分類されます。本来であれば、これら4つの領域がバランスよく機能することで、初めて組織は持続的に成長していきます。[内部リンク:A]※この4つの役割の考え方をより体系的に整理したものが、アメリカの経営学者デイビッド・ウルリッチが提唱した「人事の4つの役割モデル」です。自社の体制がどこに偏っているかを見直したい方は、あわせてご覧ください。しかし現実は、第1章で触れた給与計算や各種手続きといった管理業務だけに大半のリソースが奪われ、他の3領域(特に評価や育成を通じた組織の強化)に手を付けられない状態に陥っています。日常の管理業務だけでは会社が立ち行かない理由しかし、目の前の管理業務をミスなく回しているだけでは、会社が抱える根本的な課題は解決しません。評価制度への不満や職場環境の悪化を放置したまま、採用手続きや労務対応だけを増やしても、社員の離職は止まりません。管理業務を維持することだけに人手を割いている状態では、組織の衰退そのものは止められないのです。会社の成長と現場を繋ぐ「制度の見直し・組織開発」への役割シフトこれからの人事部に求められるのは、ミスなく業務を回す守りの姿勢から、会社の成長と現場を直接つなぐ攻めの姿勢への移行です。具体的には、既存の評価制度を時代に合わせて見直すこと、社員の適性を活かした適正配置、エンゲージメントを高める仕組みづくりなどがそれにあたります。日常の管理業務から一歩踏み出し、経営のパートナーとして組織のパフォーマンスを引き上げていく。そこに、人事部本来の存在価値があります。3.人事部の役割変更を阻む「3つの現実的な壁」これからの時代に求められる役割が「成長のための組織づくりの推進」であると理解していても、なぜ多くの企業で変化を起こせないのでしょうか。そこには、現場の努力や根性論だけでは突破できない3つの厳しい壁が存在します。【壁①】運用の壁:手作業と属人化に固執し、業務の標準化が進まない最初の障壁は、日常業務の進め方そのものが個人に依存していることです。給与計算や社会保険手続きなどの現場では、長年培われた個人の勘や手作業に頼った運用が常態化しがちです。現場の担当者の中に「自分のやり方を変えたくない」「手順を公開すると自分の存在価値が薄れるのではないか」といった抵抗感が働くと、業務の標準化や効率化に向けた議論すら進みません。業務がブラックボックス化しているため周囲も内容に口を出せず、結局いつまでも従来のやり方を変えられません。【壁②】風土の壁:減点主義の環境が変化への恐怖と定年までの保身を生む2つ目の壁は、挑戦が評価されずミスだけが叩かれる組織風土です。他部門や経営層から「人事はミスなく管理業務だけをしていればいい」と扱われている環境では、新しい施策を提案して評価される機会はほとんどありません。失敗した時のデメリットばかりが大きい環境では、人事担当者の間にリスク回避の心理が強く働きます。「定年までトラブルを起こさずにやり過ごしたい」「余計な提案をして自分の業務を増やしたくない」という保身的な思考が優先され、前例踏襲を続けるサイクルから抜け出せなくなってしまうのです。【壁③】人材の壁:高度な専門ノウハウを持つ人材がおらず、外部採用も難航する3つ目の壁は、制度のアップデートや組織づくりを主導できる専門人材の不在です。日常の管理業務を回すスキルと、経営戦略に合わせて評価基準や労働環境を見直すスキルは全く別物です。社内にそうした高度なノウハウを持つ人材がいない場合、自力で改革を進めることは不可能です。かといって、そうした知見を持つ優秀な人材を外部から中途採用しようとしても、採用市場での獲得競争は激しく、中小・中堅企業がそう簡単に採れるものではありません。社内にノウハウがない、かといって採用も難しい。この状態が、変化への足かせになっています。4.現場の手を止めずノウハウを残す第3の解決策現状を打破するために外部の力を借りようとしても、従来の選択肢では根本的な解決に至らないケースが多々あります。現場の業務を止めずに、自社の中にノウハウを蓄積していくための現実的なアプローチを解説します。「アドバイスだけ」「作業代行だけ」では根本解決しない理由外部の支援を活用しようと考えた際、一般的によく検討されるのが人事コンサルティングと従来の業務委託(BPO)です。しかし、これらには現場の課題を解決しきれない限界が存在します。人事コンサルティング:理想的な制度や理論を提示してくれますが、それを実行するリソースが現場にないため、提案書が棚上げされて終わりやすい従来の業務委託(作業代行):日常の計算や手続きなどの作業は肩代わりしてくれますが、指示を出さなければ動かず、社内に業務ノウハウが一切残らない助言だけをもらっても現場は動かせず、作業だけを切り離しても外部依存が続くだけです。人事部の役割を変えるためには、実務の運用と社内人材の育成を同時に進めるアプローチが必要になります。そもそも「どの業務を残し、どの業務を外に出すべきか」という切り分けの考え方については、コア業務とノンコア業務に分けて整理する方法が参考になります。詳しくは以下の記事で解説しています。👉人事のコア業務・ノンコア業務とは?切り分け方と効率化の4ステップ実務を動かしながら内製化を進める「伴走型BPO」の活用法この相反する課題を同時に解決する手立てが、実務の代行とノウハウの移植を並行して行う「伴走型BPO」の活用です。単に作業を請け負うだけでなく、実務に精通した外部の専門家が現場に入り込み、複雑化した日常管理業務を整理・標準化していきます。これにより、現場の担当者は膨大な作業から解放され、思考を巡らせる時間と精神的な余裕を取り戻すことができます。同時に、日常業務を効率化していく過程で、自社の人事担当者に専門ノウハウをOJT形式で伝えていく。これが欠かせません。外部のプロが一緒に実務を動かしながら見本を見せ、運用のポイントを社内に残していく。そうすることで、契約が終わる頃には自社の担当者だけで業務を回せるようになります。現場の手を止めることなく、手作業や属人化から脱却し、最終的には自社で戦略的な取り組みを推進できる体制へ移行する。リソースもノウハウも足りない企業にとって、これが一番無理のない現実的な進め方だと考えています。5.人事部と総務部の役割の違いとはここまで、人事部の役割を「管理」から「成長のパートナー」へ変えていく道筋について解説してきました。経営とHRをつなぐ役割を考えるうえで、もう一つ整理しておきたいのが、人事部と隣接する部門との境界線です。役割の輪郭があいまいなままでは、どれだけ制度を見直しても、現場の混乱は解消しません。中小企業では、人事部と総務部が同じ部門の中に置かれているケースも多く、「人事部の役割と総務部の役割は何が違うのか」という質問をよく受けます。ここで両者の役割の違いを整理しておきます。人事部と総務部、内容の切り分け方人事部の役割は、採用・労務・評価・育成など「人」に関わる領域が中心です。一方、総務の役割は、備品管理や契約書管理、株主総会の運営、防災対策など、組織全体の運営を支える領域が中心になります。人事部と総務部はどちらも管理部門ですが、対象が「人」か「組織の運営全般」かという点に、大きな特徴の違いがあります。以下は、両部門が担うことの多い内容の一覧です。人事部:採用、労務管理、評価制度の運用、人材育成総務:庶務、備品・契約管理、株主総会運営、社内規程の整備小規模な組織では、この一覧のうち人事部が担う内容もその隣の内容も、同じ部門が兼務していることが珍しくありません。人事と総務を兼務する組織で起きやすい問題とは人事と総務を兼務している部門では、どうしても目の前の庶務対応を優先してしまい、人事部本来の役割である評価制度の見直しや組織開発に手が回らなくなりがちです。「何をするにも人手が足りない」という声は、こうした兼務型の組織でよく聞かれます。自社がどちらの機能を強化すべきか整理できていない組織ほど、ここまで解説してきた「前例踏襲」から抜け出せない傾向があります。人事部の役割と、その隣接領域の役割を、あらためて言語化しておくことが、変化への最初の一歩になります。役割の輪郭がはっきりしていない組織ほど、担当者が何を優先すべきか判断できず、日々の仕事の中で本来の役割を見失いがちです。【関連記事】👉人事の役割とは?ウルリッチ4つのモデルから自社の体制を見直す6.人事部に必要なスキルとは人事部の役割が「管理」から「成長のパートナー」へ変化していく中で、担当者に求められる力もまた変化しています。ここでは、これからの人事部にどのような力が必要になるのか、具体的に解説します。これからの人事部に求められるスキルの特徴従来の人事部は、労務や採用の手続きを正確にこなす実務力が中心でした。しかし人事部が経営戦略と現場をつなぐ役割を担うには、それだけでは足りません。以下は、これからの人事部に求められるスキルの一覧です。制度設計:評価制度や等級制度を経営戦略に合わせて設計する力データ分析:離職率や採用のミスマッチなど、組織の課題を数値で捉える力コミュニケーション:経営層と現場、双方の言い分を橋渡しする力プロジェクトマネジメント:組織開発の施策を計画し、実行まで進める力この一覧を見ると分かる通り、単に手続きをするだけでは対応できない内容が増えています。制度設計にせよデータ分析にせよ、これまで人事部にあまり求められてこなかったスキルばかりです。役割が変われば、必要なスキルの中身が変わるのも当然のことといえます。スキルを身につける時間がない、という現実とはいえ、こうしたスキルを身につけたくても、日常業務に追われて研修や学習の時間を確保しにくい組織が大半です。「何から手をつければいいか分からない」という声もよく耳にします。この状態のままでは、人事部の役割の変化に対応することは簡単ではありません。だからこそ、外部のHRの専門家と一緒に実務を進めながら、必要なスキルを実践の中で身につけていく。これが現実的な進め方です。HRの知見を持つ外部の力を借りることは、決して自社の役割を手放すことではありません。日々の仕事をこなしながら、これからの人事部に必要な機能を組織の内に少しずつ増やしていく。それが、多くの企業にとって無理のない変化の起こし方だと、私たちは考えています。人事部と総務部の役割を切り分け、これからの人事部に必要なスキルを整理したところで、次に問われるのは「その力を、日々の業務のどこに使うか」という配分の問題です。役割ごとに仕事をコア業務とノンコア業務に分けて考える視点は、この配分を考えるうえで欠かせません。7.まとめ:人事部の役割を「管理」から「成長のパートナー」へ変えるために人事部の役割は、日々の管理業務を回すことだけでは終わりません。会社の成長と人・組織をつなぐ、制度の見直しや組織開発にこそ本来の価値があります。それでも現場が前例踏襲から抜け出せないのは、業務の属人化、失敗を恐れる組織風土、専門人材の不足という、根の深い事情が重なっているからです。外部から即戦力の人事人材を採用するのが難しい以上、外部の専門家に実務を任せながら社内にノウハウを残していくというやり方が、現時点では一番現実的な選択肢だと考えています。「変えたいのに、現場にノウハウも時間もない」というのであれば、一人で抱え込む必要はありません。外部のプロの力を借りて現場の業務を効率化しながら、その過程で自社の担当者がノウハウを学べる環境を整えていく。そんな進め方もあります。人事を「管理部門」から「成長のパートナー」へ脱却させるための具体的アプローチ現場の業務を止めることなく、組織づくりを自力で推進できる体制へと移行した企業の取り組みをまとめた資料をご用意しています。自社の人事体制を見直すヒントとして、ぜひお役立てください。【無料PDF】制度構築・組織開発を内製化する「伴走型人事BPO」の活用事例集 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