「昇進したくないんです……」以前なら考えにくかった言葉ですが、今ではそう珍しくもなくなりました。人事や経営層の中には、『なぜ昇進したくないのか』と疑問を抱き、『最近の若手は向上心がない』と感じる人もいるかもしれません。しかし本当に出世・昇進したくない若手社員の理由はそう単純でしょうか。次世代を担う若手社員は、実際に30代や40代の管理職として働く上司たちの姿を見ています。忙しそう、責任が重そう、ワークライフバランスが崩れ、給料は上がってもリスクが増えるように見え、楽しそうに見えません。もしそう見えているなら、昇進を避けるのは合理的な判断かもしれません。問題は若手の意欲ではなく、管理職という役割が魅力的に見えなくなっている現実にあります。本記事では、昇進したくないと管理職離れが目立つ組織の共通点と、若手社員が「挑戦したい」と思える組織づくりの考え方を解説します。1. 「昇進したくない」は意欲の問題ではない「昇進したくない」という言葉を聞いたとき、多くの経営者・人事は「最近の若手は向上心がない」と感じるかもしれません。しかし、若手社員の日常に目を向けると、その言葉の背景には合理的な判断があることが見えてきます。昇進したくないと思う、こんな場面・あんな場面こんな場面を想像してみてください。上司が休日も顧客対応しているのを知って、「管理職になったら休めないのか」と感じた。同期が管理職になった途端に表情が暗くなり、残業が増えていくのを目の当たりにした。「管理職になっても給料がほとんど変わらない」と先輩から聞かされた。部下のミスの責任を取らされ、頭を下げ続ける上司を見て、「割に合わない」と思った。これは、特定の若手だけが感じていることではありません。管理職の働き方が「見えている」からこそ、若手は昇進を現実的に考えたとき、躊躇するのです。「なりたくない」のではなく、「あんな状況になりたくない」という、極めて冷静な判断です。若者は成長したくないわけではない。キャリアと人生を一緒に考えている昇進を望まない若手が、成長を諦めているわけではありません。彼らの多くは、仕事とプライベートを切り分けて考えていません。家族との時間、趣味や副業、地域のコミュニティへの参加。こうした人生全体の充実が、仕事のモチベーションにもつながると考えています。かつてのキャリアは、組織の階段を上ることが成功の証でした。一生懸命仕事をして昇進・昇格を目指す。地位が上がり、給与が増え、権限を持つことが、働く人の目標であり、スタンダードなキャリアプランでした。出世したくないなんて、キャリアを放棄することとみなされていたのです。しかし今は、自分が何を学び、何を実現し、どう生きるかという問いがキャリアの軸になっています。仕事は人生の一部であり、人生全体が充実してこそ、仕事にも力が湧く。そうした価値観が、若い世代を中心に広がっています。「ワークライフバランスを重視したい」「プライベートの時間を大切にしたい」。こうした言葉を「意欲が低い」と捉える経営者・人事もいるかもしれません。しかしこれは、自分の人生全体を見渡したうえでの、主体的な選択です。管理職になることで人生全体のバランスが崩れると感じるなら、それを避けるのは弱さではありません。組織が用意したキャリアの形に自分を合わせるのではなく、自分の価値観に沿って人生を設計する。その姿勢を「向上心がない」と片付けてしまうと、組織は若手の本音を見失います。関連記事実際、多くの管理職は孤独や相談相手の不在に悩んでいます。その実態については、こちらの記事で詳しく解説しています。→ 管理職はなぜ孤独になるのか。相談できないミドル層が増えている理由2. 若手社員が見ている「管理職のリアル」「昇進したくない」「管理職になりたくない」という若手の言葉は、根拠のない不安から来ているわけではありません。彼らは日常の中で、管理職の働き方をリアルに観察しています。その目に映っているものを、しっかりと正面から捉えています。理由1:責任と負担が見合っていない若手が管理職を見るとき、まず頭で計算します。時間やエネルギーをどれだけ使い、見返りとして何が得られるのか。コストとパフォーマンスを冷静に見極める感覚は、今の若手世代に広く共有されている価値観です。そんな目で管理職を見ると、どう映るでしょうか。プレイヤーとしての業務をこなしながら、チームの管理も担う。部下の育成、評価、トラブル対応、経営への報告。これだけの役割を担いながら、給与の増加は限定的で、残業は増え、休日も対応が求められる。「あれだけ時間とエネルギーを使うのに、見返りが少なすぎる」。若手がそう感じるのは、怠惰でも向上心がないからでもありません。自分の時間と人生を大切にしているからこそ、割に合わない選択を避けているのです。理由2:管理職が仕事を楽しんでいない論理的な計算だけでなく、感情や直感も昇進意欲に影響します。若手が管理職を目指すかどうかは、目の前の上司が「楽しそうに働いているか」に大きく左右されます。疲弊した表情で会議をこなし、部下のフォローに追われ、経営からのプレッシャーを受け続ける上司の姿は、管理職というキャリアへの憧れを静かに奪っていきます。「ああなりたい」と思える管理職が組織にいないとしたら、若手が昇進を避けるのは当然の結果です。人は、見えているものに向かって動きます。ロールモデルの不在は、管理職候補の不在に直結します。理由3:リスクが怖いハラスメントやコンプライアンスへの社会的関心が高まる中で、「管理職になると、知らないうちにハラスメントをしてしまうかもしれない」という不安を感じる若手も増えています。部下への指導がハラスメントと受け取られるリスク、相談窓口に通報されるリスク。こうしたリスクを見ている若手にとって、管理職という役割はリスクの塊に映ることがあります。厳しく指導すれば訴えられるかもしれない。かといって何も言わなければチームは育たない。そのジレンマを抱えながら働く上司の姿が、管理職への敬遠につながっています。3. なぜ管理職が「罰ゲーム」になるのか若手の目に映っている管理職像は、組織の設計から生まれています。「管理職になりたくない」という若手の声は、組織が抱える問題のサインです。ここでは、管理職が「罰ゲーム」になってしまう組織側の原因を整理します。プレイヤー業務と管理職業務が切り分けられていない多くの組織では、管理職になってもプレイヤーとしての業務がなくなりません。自分の担当案件を抱えながら、部下の育成や評価、会議への出席、経営への報告もこなす。いわゆるプレイングマネジャーとしての役割が、管理職の標準になっています。問題は、業務量が増えるだけで、何かが減るわけではないことです。時間は有限なのに、こなすべきことだけが積み上がっていく。その結果、管理職は常に何かに追われ、部下と向き合う余裕を失います。若手がその姿を見て「管理職は大変そう」と感じるのは、現実を正確に見ているからです。対話や育成が評価されない管理職の仕事の多くは、数字に表れにくいものです。部下との1on1、フィードバックの質、チームの心理的安全性の高さ。こうした行動は、組織に大きな影響を与えるにもかかわらず、評価の対象になりにくい傾向があります。評価されないことは、後回しにされます。数字だけで評価される組織では、管理職は数字を追うことに集中せざるを得ません。育成や対話に時間をかけることが「非効率」に見えてしまう環境では、管理職の本来の役割が機能しなくなります。そしてその姿が、若手に「管理職は割に合わない」という印象を与え続けます。管理職を支える仕組みがない責任は重く、評価は数字だけ、相談できる相手もいない。この3つが重なると、管理職は孤立無援の状態で戦い続けることになります。人事や経営が管理職の状態を把握する仕組みがなく、問題が表面化して初めて対処するという組織では、管理職の疲弊は慢性化していきます。若手はその状況を敏感に察知します。「組織は管理職を守らない」という空気が漂う職場では、昇進は自己犠牲の同義語になってしまいます。関連記事特に中間管理職は、上司と部下の板挟みになりやすく、若手が昇進を避ける一因になっています。その背景にある問題については、こちらの記事で詳しく解説しています。→ 中間管理職がつらい会社の共通点。板挟みマネジメントから抜け出せない理由4. 若手が「挑戦したい」と思える組織をつくるために管理職が「罰ゲーム」に見える原因が組織側にあるとすれば、解決策もまた組織側から始める必要があります。「若手の意識を変えよう」ではなく、「管理職という役割を魅力的にしよう」という発想の転換が、ここでは重要です。管理職の働きがいを可視化し、若手に伝える機会をつくる若手が管理職を避ける最大の理由の一つは、「管理職の良い面が見えていない」ことです。疲弊している姿は目につきやすい一方、部下の成長を喜ぶ瞬間、チームが一体となって成果を出す喜び、人を育てることへのやりがいは、日常の中では見えにくいものです。人事として取り組めることは、管理職が働きがいを語る場をつくることです。全社会議や社内報での管理職インタビュー、若手と管理職が本音で話せる対話セッション、メンタリングプログラム。こうした機会を意図的に設けることで、若手は管理職の「リアルな良い面」に触れることができます。人手不足だからこそ必要な、管理職がマネジメントに軸足を置ける環境設計管理職がプレイヤー業務に追われ続けている限り、若手に「あんな働き方はしたくない」と思わせ続けます。人手不足の現場において、管理職がプレイヤーを完全に兼任せざるを得ない現実もありますが、だからこそ、本来の役割である部下育成や対話の時間を少しでも確保できるよう、業務の切り分けを組織として設計する必要があります。具体的には、管理職の業務棚卸しを定期的に行い、プレイヤー業務を段階的に他のメンバーに移譲できる仕組みをつくる。管理職がマネジメントに軸足を置ける環境を整えることが、若手が管理職を前向きに捉えるための前提条件です。対話と育成を評価の軸に加える数字だけで管理職を評価している限り、管理職は数字を追い続けます。部下との対話の質、チームの心理的安全性、メンバーの成長度合い。こうした定性的な要素を評価の軸に加えることで、管理職は「人を育てること」に正当な時間とエネルギーを使えるようになります。評価制度を変えることは、組織のメッセージを変えることです。「対話と育成を大切にしている組織だ」と若手が感じることが、管理職というキャリアへの見方を変えていきます。管理職候補に早期から小さなリーダー経験を積ませる「管理職になってから学ぶ」では遅すぎます。若手のうちから、小さなプロジェクトのリーダー、後輩のメンター、チームの課題解決の担い手として、リーダーシップを発揮する機会を意図的に設けることが重要です。経験を通じて「人を動かすことの面白さ」「チームで成果を出す喜び」を感じた若手は、管理職というキャリアを自分ごととして考えやすくなります。管理職候補を育てたいなら、管理職になる前からその芽を育てる仕組みが必要です。関連記事若手が昇進したくない背景には、管理職の役割そのものが変化していることも関係しています。組織としてのマネジメント再設計については、こちらの記事で詳しく解説しています。→ 管理職に向いてないと思ったら読む記事。ミドル層が動き出すマネジメント再設計とは5. まとめ:若手が昇進したくないのは意欲の問題ではない「昇進したくない」という言葉を、若手の向上心のなさとして片付けることは簡単です。しかし実際には、若手は管理職の働き方をリアルに観察し、コストとリターンを冷静に計算し、自分の人生全体を見渡したうえで判断しています。その判断は、極めて合理的です。管理職が「罰ゲーム」に見える組織では、どれだけ研修を増やしても、管理職候補は育ちません。プレイヤー業務と管理職業務が切り分けられておらず、対話や育成が評価されず、支える仕組みもない。その環境を変えないまま、若手の意識だけを変えようとしても意味がありません。若手が「挑戦したい」と思える組織をつくるために必要なのは、管理職という役割そのものを魅力的にすることです。管理職が働きがいを感じ、楽しそうに働いている姿を若手が見たとき、はじめて「自分もなってみたい」という気持ちが生まれます。管理職候補を増やしたいなら、若手を変えるより先に、組織を変える。その覚悟が、管理職離れを止める第一歩になります。管理職育成がうまくいかない背景には、個人の資質ではなく、マネジメント課題がある場合もあります。本記事で解説した内容をより深く理解するために、あわせてこちらの記事もご覧ください。管理職に向いてないと思ったら読む記事。ミドル層が動き出すマネジメント再設計とは中間管理職がつらい会社の共通点。板挟みマネジメントから抜け出せない理由管理職はなぜ孤独になるのか。相談できないミドル層が増えている理由【ミドル層が動き出す組織へ】管理職が働きがいを感じられる環境をつくるためには、マネジメントに関する考え方を変えていく必要があります。従業員幸福度の向上を支援する資料を無料でダウンロードいただけます。自社のマネジメント設計を見直すきっかけにご活用ください。▶従業員幸福度に関する資料をダウンロードをする